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Jan. 11, 2021

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文法の大切さ

今日は日本語の文法を復習し始めました。最近、ポッドキャストを聞いたり、短編を読んだり、YouTubeの動画を見たりしましたが、コミュニケーションも撮りたいと思います。読書や聴取などは受動的能力です。ですから、能動的日本語力を洗練されるために、文法は必要だと思います。

もちろん、自分が言いたいことを言う時に、単語を調べてみます。でも、単語を勉強ばかりするのは足りないと思います。たとえば、ランゲージエクスチェンジ をする時、自分の言いたい表現は時々話しにくいです。「どう表現するのか」と思って、緊張しすぎてなります。その時の後に文法も学んで行きます。もっと文法を勉強したら、自信が増えるかもしれません。

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Jan. 12, 2021

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Jan. 12, 2021

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文法の大切さ


文法の大切さ(重要性) 文法の大切さ(重要性)

今日は日本語の文法を復習し始めました。


今日から日本語文法復習始めました。 今日から日本語文法復習始めました。

僕は「復習を始める」が言いやすいです。 でも、「復習し始める」でも意味が分かります。 「し始める」には、例えば「退屈し始める」のように「動作や現象が現れ出す」の使い方があります。 だから、「復習し始める」は「復習を始める」「復習をする」とは、少し雰囲気が違って、違和感が残るかもしれません。 「始める」に似合うのが「から」だったので「から」を使いましたが、もし今日の予定の中だけ限定したい時は別の言い方をします。  └ 例:「今日の日本語の勉強は、まず、昨日の復習から始めました。」

最近、ポッドキャストを聞いたり、短編を読んだり、YouTubeの動画を見たりしましたが、コミュニケーションも撮りたいと思います。


最近、ポッドキャストを聞いたり、短編を読んだり、YouTubeの動画を見たりしましたが、コミュニケーションもりたいと思います。 と思います。 最近、ポッドキャストを聞いたり、短編を読んだり、YouTubeの動画を見たりしましたが、コミュニケーションもりたいと思います。 と思います。

最近、ポッドキャストを聞いたり、短編を読んだり、YouTubeの動画を見たりしていましたが、コミュニケーションもりたいと考えています。 最近、ポッドキャストを聞いたり、短編を読んだり、YouTubeの動画を見たりしていましたが、コミュニケーションもりたいと考えています。

今までに続けてしてきた事を言っているので「していました」を使いました。 「考えています」← この「考える」の使い方をしたら、計画しているような、今後の事を検討しているような感触を含む事が出来るので、おすすめします。

読書や聴取などは受動的能力です。


読書や聴取リーディングやヒアリングなどは受動的能力です。 リーディングやヒアリングなどは受動的能力です。

や聴き取りなどは受動的能力でな日本語力を使います。 や聴き取りなどは受動的な日本語力を使います。

読書は、主に本に関係している言葉です。 読解と言うと、本だけに限らず、もっと範囲が広くなります。 「聴き取り」については、僕の個人的な感覚かもしれませんが、………  僕は、聴取(ちょうしゅ)と聞いたら、聞く内容の方に多く注目していると感じます。 「日本語を聴取する」よりも「日本語で何を話しているのかを聴取する」の方が似合うみたい。 「聴き取り」と言ったら、内容が分かるより前の、言葉が分かるかどうか、…の所を言っていると感じます。たとえば、「電波が悪くて、音声がうまく聞き取れない」とか「まだ、日本語に慣れていないから、日本人の会話はうまく聞き取れない」とか。

ですから、能動的日本語力を洗練されるために、文法は必要だと思います。


ですから、能動的日本語力を洗練されるために、文法は必要だと思います。 ですから、能動的日本語力を洗練るために、文法は必要だと思います。

ですから、一方、コミュニケーションに使うのは能動的日本語力でしょうから、それを洗練されるために、文法は必要だと思いますの知識も必要だと考えました 一方、コミュニケーションに使うのは能動的日本語力でしょうから、それを洗練るために、文法の知識も必要だと考えました

口語的には「だから」で意味が分かりました。 でも、少し細かく判定してみました。 「コミュニケーション」と「能動的な能力」との関係は書いた方が、内容がより明確になる、…と考えました。

もちろん、自分が言いたいことを言う時に、単語を調べてみます。


もちろん(当然)、自分が言いたいことを言う時に、(事前に)単語を調べてみます。 もちろん(当然)、自分が言いたいことを言う時に、(事前に)単語を調べます。

もちろん、自分が言いたいことを言う時に、単語調べてみます。 もちろん、自分が言いたいことを言う時に、単語調べます。

たとえば英語では「try」を使うかもしれませんが、日本語では「調べます」の形でそのニュアンスも含まれます。(今回の場合)

でも、単語を勉強ばかりするのは足りないと思います。


でも、単語を勉強ばかりするのは洗練された文章を書くには足りないと思います。 でも、単語を勉強ばかりするのは洗練された文章を書くには足りないと思います。

でも、単語勉強ばかりするのだけでは足りないと思います。 でも、単語勉強だけでは足りないと思います。

なんとなく感じたのですが、 「〜ばかりする」と「〜は足りない」との組み合わせは、ちょっと合わないようです。(ほんの少し無理がある) 「単語の勉強」と言ったら、ひとつの概念の塊に感じるので、「だけ」と「〜は足りない」との組み合わせもうまく行くと思います。

たとえば、ランゲージエクスチェンジ をする時、自分の言いたい表現は時々話しにくいです。


たとえば、ランゲージエクスチェンジ 言語交換をする時、自分の言い表したい表現は時々話しにくいですを相手に伝えるは難しい たとえば、言語交換をする時、自分の表したい表現を相手に伝えるは難しい

たとえば、ランゲージエクスチェンジ をする時、時々自分の言いたい表現は時々話を日本語にしにくいです。 たとえば、ランゲージエクスチェンジ をする時、時々自分の言いたい表現を日本語にしにくいです。

元の文の文脈から、なんとなく「日本語で話すことが難しい」だと理解しました。 「日本語にする」という表現をおすすめしてみました。その方が、少しスッキリすると思いました。

「どう表現するのか」と思って、緊張しすぎてなります。


「どう表現するのか」と思って、緊張しすぎてなりますしまいます(します) 「どう表現するのか」と思って、緊張しすぎてしまいます(します)

日本語でも英語でも、正確さなどを追求すれば、言いたいことが言えなくなります。

「どう表現するのか」と思って、緊張しすぎてなり必要以上に緊張してしまいます。 「どう表現するのか」と思って、必要以上に緊張してしまいます。

今回の文の形に「緊張しすぎる」を当てはめる事が難しかった。だから、「〜すぎる」を別の言い方にしました。 追伸: もしかしたら、「緊張しすぎる」でも「てしまう」を使ったら大丈夫かもしれません。 ↓ > 「どう表現するのか」と思って、緊張しすぎてしまうのです。

その時の後に文法も学んで行きます。


その時の後に文法も学んで行きます。 その後に文法も学んでます。

の時の後に文法も学んで行きんな時も、後に文法を調べるようにします。 んな時も、後に文法を調べるようにします。

もっと文法を勉強したら、自信が増えるかもしれません。


もっと更に文法を勉強したらすれば、自信が増えるかもしれません。 更に文法を勉強すれば、自信が増えるかもしれません。

もっと文法を勉強し多くの文法を覚えたら、自信が増えるかもしれませんから もっと多くの文法を覚えたら、自信が増えるかもしれませんから

「勉強する」をして、結果、「覚えた」となったら、後でその知識を使う事が出来るようになる、…と考えています。 だから、「覚えた(ら)」の方が「自信が増える」に似合うと思いました。

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