Jan. 28, 2024
6 ライ オンは見つめて殺す
民族民主会議の参加者にもらったビロード製の子ウサギを自慢しながら、「これはチクチク しないわ」と言っているトニィータにしたお話をすることにしよう。
彼女の言うことが分からないふりをしながら、私は一九八五年におきた出来事を説明する ことにした 。 一九八五年は地震がおきた年であり 、( 地震やほかのことに由来する ) 非 常事態に市民が直面した年である 。
老アントニオは古い単発式猟銃で山のライオン ( 北米のピュ ー マによく似ている ) を 狩った 。 私は以前、 彼が使っ ている 武器を小ばかにしたことがある 。
「その武器は、エルナン・コンテスがメヒコを征服した時代の代物ですね」
そのとき、老アントニオは反論した。
「そうだ。だが、今、その武器が誰の手にあるのか 。よく見ておくことだな 」
今 、 老アントニオは、皮をなめすため、皮から最後の肉片をはぎ取った。 そして、得意げに皮を見せてくれた。皮には銃創がなかった。
「銃弾は目に命中したのだな 」 と私は推測した。
「皮に傷をつけないためには 、それしかない」と考えたからである 。
「その皮で何を作るのですか ?] と尋ねた 。
老アントニオは答えず 、 黙ったままマチェーテでライオンの皮をこすりつづけた。私はとなりに座って、パイプに煙草の葉を詰めた。その後 、トウモロコシの葉で巻いた煙草を作ってあげようとした 。 黙ってできたものを差し出した。老アントニオはそれを点検したものの、すぐに壊した。 自分で作り直しながら言った。
「まだ 、おまえにはむりだな」
いっしょに煙草をすう儀式をおこなうため 、 われわれは座り込んだ。何度も煙草をふか しながら、老アントニオはお話を紡ぎだした 。
ライオンが強いのは 、ほかの動物が弱いからである。 ライオンはほかの動物の肉を食べる。 ほかの動物はライオンに食べられるにまかせる。 ライオンは爪や牙で殺すのではない。 ライオンは見つめて殺すのである。 最初はゆっくりと・・・静かに獲物に近づく。 ライオ ンの足には雲のようなクッションがあるので、足音を消せる。その後 、ライオンは獲物に飛びかかり、平手打ちを食らわせる。 力というより、驚かせて、獲物を倒すのである。
つまり、 獲物はじっと見つめる。 獲物は猛獣を見る。このように ( 老アントニオは眉間 にしわを寄せ、私に黒い目をむいてみせ た )・・・死しか残されていない哀れな小動物は もう見るしかない。自分を見ているライオンを見るしかなない。
自分の姿を見ることができない小動物は、ライオンが見ているものをみる。ライオンの視線に映っている小動物のイメージを見る。 つまり、ライオンが小動物を見ている視線の中に、小さく弱くなっている自分の姿がある。その哀れな姿を見ることになる。
小動物は自分が小さくて弱いと思った事はない。つまり、小動物ではあるが、大きくもなければ小さくもなく、強くもなければ弱くもない。だが、今、ライオンの視線に映っている自分、つまり恐怖で固まっている自分の姿を見る事になる。自分の姿を見ているものを見て、自分が小さくて弱い存在であると、小動物は思い込む。ライオンが小動物を見ている。その様子を見るという恐怖に包まれ、小動物は恐怖を抱くことになる。 こうして小動物は何も見られなくなる。 山中の寒い夜に水をかかぶったときのように、骨まで動かなくなる。もう小動物は降伏するしかない。こうして、ライオンに身をゆだねる。こうして、ライオンは苦もなく小動物を食べる。このようにライオンは殺す。 見つめて殺すのである。
だが、そうならない小動物もいる。 ライオンと出会っても気にせず、何もないように行動する。 たとえ、ライオンが前脚で小動物をもてあそんでも、その小動物は小さな前脚で 反撃する。 その前脚は小さいが、引っ掻かれると出血し痛くなる。 この小動物はライオン に身をまかせることはない。 なぜなら、自分を見ているものを見ないからである・・・・。 つまり、目が見えないのである。 この小動物はモグラと呼ばれている。
老アントニオは私に言葉をつがせなかった。 巻き煙草を作りながら、話を続けた。 ゆっくりと煙草を巻きながら、ひと巻きごとに視線を上げた。私が注意を払っているかを観察して いた。
モグラの目は今でも見えない。なぜなら、自分の外側を見つめる代わりに、自分の心を見 つめているからである。内側を見つめる事を余儀なくされている。内側を見つめるということが、どうしてモグラの頭に思い浮かんだのか。 そのことは誰も知らない。心を見つめることに関しては、モグラはきわめて強情である。強いか弱いか、大きいか小さいかなど、モグラは少しも気にしない。なぜなら心は心であり、他のものごとや動物のように、その大小を計測することはできない。
内側を見つめることは神々だけに許されたことだった。だから、神々はモグラを罰し、 モグラが外側を見られないようにした。 地面の下で生活し、歩むようにした。 それゆえ、モグラは地下で生活している。 神々に罰せられたからである。だが、モグラは悲しまない 。 今でもずっと内側を見ているからである。だから、モグラはライオンが恐くない。心を見ることができる人間は、ライオンを恐れない。なぜなら、心を見ることができる人間は、ライオンの力を見ていないからである。 人間は自分の心の力を見た後で、 ライオンを見る。 ライオンは人間が自分を見ていることを悟る。 人間がライオンを見る視線にはライオンし かいない。 そのことをライオンは知る。 自分が見られていることを知り、ライオンは恐く なって走り去る。
「そのライオンをしとめるため、心を見たんですか?」と私は口をはさんだ。
「心だって ? ばかばかしい。 わしが見たのは、単発式猟銃の照準とライオンの目だけだ。 そして、発砲した・・・。 心なんて知らない・・・」と老アントニオは答えた。
私は頭をかいた。 私が理解するところでは、それは何かわからないことがあるときの仕 草である。 老アントニオはゆっくりと立ち上がった。ライオンの皮を手にして入念に調べた。その皮をグルグルと巻くと、手渡して言った。
「これをおまえにやる。 どこを見ればよいかを知っておれば、ライオンや恐怖を殺すことができる。 そのことを忘れないように、おまえにこの皮をやろう 」
老アントニオはきびすを返すと、自分の小屋に入った。 それは、老アントニオの用語で は、「以上で終わりだ。さようなら 」を意味している。 私はナイロン袋にライオンの皮を入れると立ち去った 。
トニィータはいつもと同じだった。 例の「チクチクしない」ビロード製子ウサギを抱えて立ち去った。
「死んだオポッサムならあるよ」とベトは私を慰めるように言った。 彼はお母さんに死んだオポッサムを捨てるように言われた。だが、べトはそれを五つの風船と交換しようと私に提案した。私は丁重に断った。しかし、それを聞きつけた料理係の一人がベトに三つの風船を手渡した。 ベトは迷っていた。
風船には緑と白と赤があるよと、料理係は説明した。最初の提案では風船は五個のはずだったと、ベトは言いはった。 料理係は二つの風船と二つのコンドームという案を出した。ベトは迷っていた。 値切り交渉が終わりそうもなかったので、 私はその場から立ち去った。
以上が老アントニオとライオンのお話である。それ以来、私はライオンの皮を背負ってきた。われわれが民主会議に手渡した旗はそのライオンの皮で包まれていた。 誰かこのライ オンの皮をご希望の方はいませんか?
選挙に関するコミュニケの追伸 ― 一九九四 八月二十四日
From 「老アントニオのお話」サパティスタと反乱する先住民族の伝承
マルコス副指令 著 小林致広 編訳 email [email protected]
ISBN-10 : 4773804114
ISBN-13 : 978-4773804119
You may be able to get this book from Amazan
ばかばかしい。 わしが見たのは、単発式猟銃の照準とライオンの目だけだ。 そして、発砲した・・・。 心なんて知らない・・・」と老アントニオは答えた。
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私は頭をかいた。 私が理解するところでは、それは何かわからないことがあるときの仕 草である。 老アントニオはゆっくりと立ち上がった。ライオンの皮を手にして入念に調べた。その皮をグルグルと巻くと、手渡して言った。
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「これをおまえにやる。 どこを見ればよいかを知っておれば、ライオンや恐怖を殺すことができる。 そのことを忘れないように、おまえにこの皮をやろう 」
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老アントニオはきびすを返すと、自分の小屋に入った。 それは、老アントニオの用語で は、「以上で終わりだ。さようなら 」を意味している。 私はナイロン袋にライオンの皮を入れると立ち去った 。
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トニィータはいつもと同じだった。 例の「チクチクしない」ビロード製子ウサギを抱えて立ち去った。
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「死んだオポッサムならあるよ」とベトは私を慰めるように言った。 彼はお母さんに死んだオポッサムを捨てるように言われた。だが、べトはそれを五つの風船と交換しようと私に提案した。私は丁重に断った。しかし、それを聞きつけた料理係の一人がベトに三つの風船を手渡した。 ベトは迷っていた。
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風船には緑と白と赤があるよと、料理係は説明した。最初の提案では風船は五個のはずだったと、ベトは言いはった。 料理係は二つの風船と二つのコンドームという案を出した。ベトは迷っていた。 値切り交渉が終わりそうもなかったので、 私はその場から立ち去った。
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以上が老アントニオとライオンのお話である。それ以来、私はライオンの皮を背負ってきた。われわれが民主会議に手渡した旗はそのライオンの皮で包まれていた。 誰かこのライ オンの皮をご希望の方はいませんか?
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選挙に関するコミュニケの追伸 ― 一九九四 八月二十四日
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From 「: 老アントニオのお話」サパティスタと反乱する先住民族の伝承
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マルコス副指令 著 小林致広 編訳 email : [email protected]
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ISBN-10 : 4773804114
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ISBN-13 : 978-4773804119
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Not sure why this text is mostly in what appears to be Japanese but I reviewed the English at the end.
「老アントニオのお話」サパティスタと反乱する先住民族の伝承 |
と尋ねた 。 老アントニオは答えず 、 黙ったままマチェーテでライオンの皮をこすりつづけた。私はとなりに座って、パイプに煙草の葉を詰めた。その後 、トウモロコシの葉で巻いた煙草を作ってあげようとした 。 黙ってできたものを差し出した。老アントニオはそれを点検したものの、すぐに壊した。 自分で作り直しながら言った。 「まだ 、おまえにはむりだな」 いっしょに煙草をすう儀式をおこなうため 、 われわれは座り込んだ。何度も煙草をふか しながら、老アントニオはお話を紡ぎだした 。 ライオンが強いのは 、ほかの動物が弱いからである。 ライオンはほかの動物の肉を食べる。 ほかの動物はライオンに食べられるにまかせる。 ライオンは爪や牙で殺すのではない。 ライオンは見つめて殺すのである。 最初はゆっくりと・・・静かに獲物に近づく。 ライオ ンの足には雲のようなクッションがあるので、足音を消せる。その後 、ライオンは獲物に飛びかかり、平手打ちを食らわせる。 力というより、驚かせて、獲物を倒すのである。 つまり、 獲物はじっと見つめる。 獲物は猛獣を見る。このように ( 老アントニオは眉間 にしわを寄せ、私に黒い目をむいてみせ た )・・・死しか残されていない哀れな小動物は もう見るしかない。自分を見ているライオンを見るしかなない。 自分の姿を見ることができない小動物は、ライオンが見ているものをみる。ライオンの視線に映っている小動物のイメージを見る。 つまり、ライオンが小動物を見ている視線の中に、小さく弱くなっている自分の姿がある。その哀れな姿を見ることになる。 小動物は自分が小さくて弱いと思った事はない。つまり、小動物ではあるが、大きくもなければ小さくもなく、強くもなければ弱くもない。だが、今、ライオンの視線に映っている自分、つまり恐怖で固まっている自分の姿を見る事になる。自分の姿を見ているものを見て、自分が小さくて弱い存在であると、小動物は思い込む。ライオンが小動物を見ている。その様子を見るという恐怖に包まれ、小動物は恐怖を抱くことになる。 こうして小動物は何も見られなくなる。 山中の寒い夜に水をかかぶったときのように、骨まで動かなくなる。もう小動物は降伏するしかない。こうして、ライオンに身をゆだねる。こうして、ライオンは苦もなく小動物を食べる。このようにライオンは殺す。 見つめて殺すのである。 だが、そうならない小動物もいる。 ライオンと出会っても気にせず、何もないように行動する。 たとえ、ライオンが前脚で小動物をもてあそんでも、その小動物は小さな前脚で 反撃する。 その前脚は小さいが、引っ掻かれると出血し痛くなる。 この小動物はライオン に身をまかせることはない。 なぜなら、自分を見ているものを見ないからである・・・・。 つまり、目が見えないのである。 この小動物はモグラと呼ばれている。 老アントニオは私に言葉をつがせなかった。 巻き煙草を作りながら、話を続けた。 ゆっくりと煙草を巻きながら、ひと巻きごとに視線を上げた。私が注意を払っているかを観察して いた。 モグラの目は今でも見えない。なぜなら、自分の外側を見つめる代わりに、自分の心を見 つめているからである。内側を見つめる事を余儀なくされている。内側を見つめるということが、どうしてモグラの頭に思い浮かんだのか。 そのことは誰も知らない。心を見つめることに関しては、モグラはきわめて強情である。強いか弱いか、大きいか小さいかなど、モグラは少しも気にしない。なぜなら心は心であり、他のものごとや動物のように、その大小を計測することはできない。 内側を見つめることは神々だけに許されたことだった。だから、神々はモグラを罰し、 モグラが外側を見られないようにした。 地面の下で生活し、歩むようにした。 それゆえ、モグラは地下で生活している。 神々に罰せられたからである。だが、モグラは悲しまない 。 今でもずっと内側を見ているからである。だから、モグラはライオンが恐くない。心を見ることができる人間は、ライオンを恐れない。なぜなら、心を見ることができる人間は、ライオンの力を見ていないからである。 人間は自分の心の力を見た後で、 ライオンを見る。 ライオンは人間が自分を見ていることを悟る。 人間がライオンを見る視線にはライオンし かいない。 そのことをライオンは知る。 自分が見られていることを知り、ライオンは恐く なって走り去る。 「そのライオンをしとめるため、心を見たんですか?」と私は口をはさんだ。 「心だって ? |
6 ライ オンは見つめて殺す 民族民主会議の参加者にもらったビロード製の子ウサギを自慢しながら、「これはチクチク しないわ」と言っているトニィータにしたお話をすることにしよう。 彼女の言うことが分からないふりをしながら、私は一九八五年におきた出来事を説明する ことにした 。 一九八五年は地震がおきた年であり 、( 地震やほかのことに由来する ) 非 常事態に市民が直面した年である 。 老アントニオは古い単発式猟銃で山のライオン ( 北米のピュ ー マによく似ている ) を 狩った 。 私は以前、 彼が使っ ている 武器を小ばかにしたことがある 。 「その武器は、エルナン・コンテスがメヒコを征服した時代の代物ですね」 そのとき、老アントニオは反論した。 「そうだ。だが、今、その武器が誰の手にあるのか 。よく見ておくことだな 」 今 、 老アントニオは、皮をなめすため、皮から最後の肉片をはぎ取った。 そして、得意げに皮を見せてくれた。皮には銃創がなかった。 「銃弾は目に命中したのだな 」 と私は推測した。 「皮に傷をつけないためには 、それしかない」と考えたからである 。 「その皮で何を作るのですか ?] |
ばかばかしい。 わしが見たのは、単発式猟銃の照準とライオンの目だけだ。 そして、発砲した・・・。 心なんて知らない・・・」と老アントニオは答えた。 私は頭をかいた。 私が理解するところでは、それは何かわからないことがあるときの仕 草である。 老アントニオはゆっくりと立ち上がった。ライオンの皮を手にして入念に調べた。その皮をグルグルと巻くと、手渡して言った。 「これをおまえにやる。 どこを見ればよいかを知っておれば、ライオンや恐怖を殺すことができる。 そのことを忘れないように、おまえにこの皮をやろう 」 老アントニオはきびすを返すと、自分の小屋に入った。 それは、老アントニオの用語で は、「以上で終わりだ。さようなら 」を意味している。 私はナイロン袋にライオンの皮を入れると立ち去った 。 トニィータはいつもと同じだった。 例の「チクチクしない」ビロード製子ウサギを抱えて立ち去った。 「死んだオポッサムならあるよ」とベトは私を慰めるように言った。 彼はお母さんに死んだオポッサムを捨てるように言われた。だが、べトはそれを五つの風船と交換しようと私に提案した。私は丁重に断った。しかし、それを聞きつけた料理係の一人がベトに三つの風船を手渡した。 ベトは迷っていた。 風船には緑と白と赤があるよと、料理係は説明した。最初の提案では風船は五個のはずだったと、ベトは言いはった。 料理係は二つの風船と二つのコンドームという案を出した。ベトは迷っていた。 値切り交渉が終わりそうもなかったので、 私はその場から立ち去った。 以上が老アントニオとライオンのお話である。それ以来、私はライオンの皮を背負ってきた。われわれが民主会議に手渡した旗はそのライオンの皮で包まれていた。 誰かこのライ オンの皮をご希望の方はいませんか? 選挙に関するコミュニケの追伸 ― 一九九四 八月二十四日 From 「老アントニオのお話」サパティスタと反乱する先住民族の伝承 マルコス副指令 著 小林致広 編訳 email [email protected] ISBN-10 : 4773804114 ISBN-13 : 978-4773804119 You may be able to get this book from Amazan ばかばかしい。 わしが見たのは、単発式猟銃の照準とライオンの目だけだ。 そして、発砲した・・・。 心なんて知らない・・・」と老アントニオは答えた。 |
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